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山中伸弥(ノーベル賞受賞)うつ病克服やIPS細胞の名前の由来とは?

山中伸弥(ノーベル賞受賞)うつ病克服やIPS細胞の名前の由来とは?

こんにちわ^^

 

休日日曜日、半日経過です💦ぶ~🐽笑

毎週、こんな週末を過ごす私。ヤバイです。

 

本日は「情熱大陸」放送の日です。

今日は、IPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんが登場です。

調べてみると、色々とご苦労された方なんですね。

 

精神的な疾患も患い大変な時期もあったようです。

IPS細胞というネーミングには、パクリの秘密もあるようですよ^^

決して悪いパクリではありませんので、ご心配なく。

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外科医からの方向変換

山中伸弥さんは、とある講演に登壇しこのように語っています。

「実は、30年前に整形外科医になったんですけど、手術が下手だったんです。それは、演奏の下手なピアニストぐらい致命的。それで研究者に方向転換したんです」

もともとのスタートは外科医だという山中伸弥さん。

致命的なほど、手術が下手だったというんです。

外科医といえば、手術ができなければ、やはり致命的になるでしょうね。

 

 

山中伸弥さんといえば、

今では誰もが知るノーベル生理学・医学賞受賞者ですよね。

現在では京都大学iPS細胞研究所所長に就任しています。

 

 

手術が下手で逃げ出したのではなく

研究者へ方向変換をすることとなった山中さんですが

今に至る迄にはどんな経緯があったのでしょうか。

 

 

研究者への転向~渡米

研究者に転向するために、アメリカに渡る山中さん。

渡米後は研究者としてのトレーニングを積み

後に、ノーベル賞を受賞することとなる原点のES細胞に出会ったそうです。

 

 

渡米の際には、妻と幼い子供2人も一緒だったそうです。

しかし、子供が小学校入学を控える時期となり

山中さんは単身、アメリカに残る事になってしまった。

 

 

研究に没頭するものの、家族のいない環境に寂しさを感じ

山中さんも、半年後に帰国。

ボスにも恵まれ、環境も良い中で研究に没頭できただけに

残念だったでしょうね。

 

 

 

しかし、家族あっての山中さんだったのかもしれませんね。

日々、研究に没頭し、帰宅すれば暖かい家族。可愛い我が子。

突然、一人残されてしまっては、やはり寂しいですよね。

「子供が一番、自分は二の次だ」なんて今は笑って話す山中さん。

母の立場からすると、仕方ありませんね。

 

 

 

3年間の間、留学し帰国することになります。

 

 

 

日本でも同じく研究ができるものと信じ帰国した山中さんを

待ち受けていたのは・・・?

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うつ病を発症

アメリカでは、研究者も多く存在し、

研究環境も申し分ないものだったので、日本でもうまくいくものだと

思っていたようです。

 

 

しかし、日本では厳しい現実。

「ネズミのなんたらいう細胞、研究としては面白いかもしれないけれど・・」

人間の病気を研究したらどうだ・・・などと理解されず。

研究者として辛い出来事に、精神疾患「うつ病」を発症してしまいます。

 

 

自分を追い込み、研究すらできなくなってしまったそうです。

そん山中さんを救ったのは、克服できたのは

偶然起こった2つの出来事だったようです。

 

 

  • 1998年アメリカのジェイミー・トムソンという人が人間のES細胞を作るのに成功。

「再生医療」の切り札になるとして一気に期待が集まる。

同じES細胞でも、人ではなくネズミのものでしたが、役に立つかもしれないと勇気づけられた。

 

  • 奈良県にある先端科学技術大学院大学というところに採用が決まり、研究室を持てたこと。

待遇は助教授だったようですが、上に教授がいないということで「自分の研究室」が持てた。

 

良かったですね^^

必死に研究をしてきた、山中さん。頑張っている人は必ずいつか

報われるといいますもんね^^

 

 

IPS細胞ネーミングはパクリです

細胞発見!

そして、今度は、名前です。ネーミングをどうしようかと

迷う山中さん。

ひらめいたのが!! 「i pod」

当時人気の出てきた「iPod」の名前をパクるというアイデアが!

そこで作り出したこの万能細胞に「iPS細胞」という名前を

つけたといいますよ。

 

長年の研究~病~IPS細胞の発見。

本当にお疲れさまです。

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